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弁護士平松英樹のマンション管理論

<連載第55回>

一区分所有者による保存行為を理由とした管理費等支払請求?

2015/10/13

今回は、次のような質問について考えみましょう。

<質問>

 管理組合(権利能力なき社団)の理事長が管理費等滞納者に対し管理費等の支払請求(法的手続)をしない場合、一区分所有者が「保存行為」を理由として、滞納者に対し管理費等支払請求訴訟を提起できるのでしょうか?そのような請求は認められるのでしょうか?
 なお、当該マンションでは、「マンション標準管理規約(単棟型)」と同様の規約(以下「管理規約」といいます。)が定められています。

管理規約に基づく管理費等の支払義務について

まず、管理規約25条及び60条は次のように規定されています。

<管理規約25条について>

(管理費等)
第25条 区分所有者は、敷地及び共用部分等の管理に要する経費に充てるため、次の費用(以下「管理費等」という。)を管理組合に納入しなければならない。
 一 管理費
 二 修繕積立金
2 管理費等の額については、各区分所有者の共用部分の共有持分に応じて算出するものとする。

<管理規約60条について>

(管理費等の徴収)
第60条 管理組合は、第25条に定める管理費等及び第29条に定める使用料について、組合員が各自開設する預金口座から自動振替の方法により第62条に定める口座に受け入れることとし、当月分は前月の○日までに一括して徴収する。ただし、臨時に要する費用として特別に徴収する場合には、別に定めるところによる。
2 組合員が前項の期日までに納付すべき金額を納付しない場合には、管理組合は、その未払金額について、年利○%の遅延損害金と、違約金としての弁護士費用並びに督促及び徴収の諸費用を加算して、その組合員に対して請求することができる。
3 理事長は、未納の管理費等及び使用料の請求に関して、理事会の決議により、管理組合を代表して、訴訟その他法的措置を追行することができる。
4 第2項に基づき請求した遅延損害金、弁護士費用並びに督促及び徴収の諸費用に相当する収納金は、第27条に定める費用に充当する。
5 組合員は、納付した管理費等及び使用料について、その返還請求又は分割請求をすることができない。

管理規約に定められている管理費等支払義務は、区分所有者の管理組合に対する義務であり、これに対応する権利は、管理組合に団体的に帰属しているといえます(なお、東京地裁平成8年7月5日判決参照)[注1]。

管理組合に団体的に帰属する権利について、管理組合はその名において(管理規約60条3項に定める理事会の決議を経て)訴訟を提起することができます。

また、区分所有法26条4項に基づき管理者がその名において訴訟を提起することも可能です。

つまり、「管理組合」が権利能力なき社団として原告となることも、「管理者」が区分所有法26条4項に基づき原告となることも可能です。

一区分所有者による保存行為を根拠する請求の可否

では、一区分所有者が、保存行為を理由として、団体的に帰属する管理費等支払請求権を行使することができるのでしょうか?

この点についての一区分所有者の主張は次のとおりです。

①「民法264条・252条ただし書[注2]の規定に基づき保存行為としてすることができる。」という主張

②「区分所有法18条1項ただし書[注3]に規定する共用部分の保存行為としてすることができる。」という主張

上記①の主張について

まず、一区分所有者は、管理費等支払債権を準共有しているといえるのでしょうか?

そもそも、この債権は、管理規約に基づき管理組合(権利能力なき社団)に(団体的に)帰属しています。各区分所有者はそれについて持分を有しておりません。そうすると、各区分所有者が債権を準共有しているとみることは困難です。つまり、民法264条本文の規定を適用することは困難です。

さらにいえば、民法264条ただし書は「法令に特別の定めがあるときは、この限りでない。」と規定されています。当然ながら、民法の特別法たる区分所有法の定めを無視することはできません。

そして、区分所有法12条は「共用部分が区分所有者の全員又はその一部の共有に属する場合には、その共用部分の共有については、次条から第19条までに定めるところによる。」として、民法の共有に関する規定(249条~262条)の適用を排除しています(稻本洋之助・鎌野邦樹著『コンメンタールマンション区分所有法[第3版]』83頁(日本評論社、平27)参照)。

そうだとすると、(民法264条をもとに)民法252条ただし書の規定を準用することもやはり困難です。

上記②の主張について

では、区分所有法18条1項ただし書に定める「保存行為」を根拠とした請求はどうでしょうか?

まず、区分所有法18条1項ただし書は、物理的な「共用部分」の保存行為を前提とした規定です。「共用部分」は区分所有者の共有に属し、つまり、区分所有者は共有持分を有しています(区分所有法14条参照)[注4]。

他方、区分所有者の持分を観念できない管理費等支払債権については、区分所有法18条1項ただし書の適用の前提を欠いているといえます。

さらにいえば、区分所有法18条1項ただし書の規定は、「規約で別段の定め」をすることを妨げません(区分所有法18条2項)。つまり、管理規約に「別段の定め」があればそれによることになります。

そして、管理規約21条1項本文は「敷地及び共用部分等の管理については、管理組合がその責任と負担においてこれを行うものとする。」と規定しています。これは「保存行為についても区分所有者の一存で行うことができない」趣旨の規定と解されます(稻本洋之助・鎌野邦樹著『コンメンタールマンション標準管理規約』76頁(日本評論社、平24)参照)。

そうだとすると、区分所有法18条2項に基づく「別段の定め」が存在する以上、区分所有法18条1項ただし書の規定を根拠とする請求はやはり困難です。

結論

以上のとおり、一区分所有者が上記①や②の「保存行為」を理由として他の区分所有者に対し滞納管理費等の支払を求めることは困難というほかありません。

この点、福岡地裁平成元年1月17日判決は、「区分所有者固有の権限に基づき、共用部分の保存行為として」未払い管理費の請求を認めているようです(NBL427号24頁参照)。

あくまでも文献(NBL427号24頁)をもとにした私見となりますが、その事案は①管理組合が権利能力なき社団に該当しなかったのではないでしょうか。また②管理者も不在の状態と認定できたケースではないでしょうか。さらには③被告からの真剣な主張反論もなかったのではないでしょうか。

つまり、私見としては、冒頭の質問のケースに福岡地裁平成元年1月17日判決の結論を当てはめるのは難しいと考えています。同判決のケースは、非常に特殊なものであったと考えておくべきです。

(弁護士/平松英樹)



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注釈 NOTE

注1: 東京地裁平成8年7月5日判決(出典:ウエストロー・ジャパン)
 「本件の飼育差止め請求は、原告が、被告による犬の飼育が本件規約に基づき定められた本件規定に違反するとして、その差止めを求めるものであるところ、規約は区分所有者に対して効力を生ずるのであり(区分所有法三〇条、四六条参照)、区分所有者は規約において定められた義務を遵守しなければならないが、規約は管理組合内部の規範であるから、そこに定められた義務は区分所有者の管理組合に対する義務であり、これに対応する権利は法人格なき社団としての管理組合に帰属する。したがって、管理組合は、民訴法四六条に基づき自己の名において差止め訴訟を提起することができる。」

注2: 民法264条・252条ただし書
 (共有物の管理)
第二百五十二条 共有物の管理に関する事項は、前条の場合を除き、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決する。ただし、保存行為は、各共有者がすることができる。
 (準共有)
第二百六十四条 この節の規定は、数人で所有権以外の財産権を有する場合について準用する。ただし、法令に特別の定めがあるときは、この限りでない。

注3: 区分所有法18条
 (共用部分の管理)
第十八条 共用部分の管理に関する事項は、前条の場合を除いて、集会の決議で決する。ただし、保存行為は、各共有者がすることができる。
2 前項の規定は、規約で別段の定めをすることを妨げない。
3 前条第二項の規定は、第一項本文の場合に準用する。
4 共用部分につき損害保険契約をすることは、共用部分の管理に関する事項とみなす。

注4: 区分所有法14条
 (共用部分の持分の割合)
第十四条 各共有者の持分は、その有する専有部分の床面積の割合による。
2 前項の場合において、一部共用部分(附属の建物であるものを除く。)で床面積を有するものがあるときは、その一部共用部分の床面積は、これを共用すべき各区分所有者の専有部分の床面積の割合により配分して、それぞれその区分所有者の専有部分の床面積に算入するものとする。
3 前二項の床面積は、壁その他の区画の内側線で囲まれた部分の水平投影面積による。
4 前三項の規定は、規約で別段の定めをすることを妨げない。

筆者紹介 PROFILE

平松英樹(ひらまつ・ひでき)

弁護士、マンション管理士。1968年(昭和43年)生まれ、1991年(平成3年)年早稲田大学政治経済学部卒業。不動産管理会社勤務を経て弁護士登録(東京弁護士会)。EMG総合法律事務所(東京都中央区京橋1丁目14番5号土屋ビル4階)、首都圏マンション管理士会などに所属。マンション管理、不動産取引・賃貸借(借地借家)問題を中心とした不動産法務を専門とし、マンション管理、不動産販売・賃貸管理、建築請負会社等の顧問先に対するリーガルサービスに定評がある。実務担当者を対象とする講演、執筆等の実績多数。著書に『わかりやすいマンション管理組合・管理会社のためのマンション標準管理規約改正の概要とポイント』(住宅新報社)ほか。