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弁護士平松英樹のマンション管理論

<連載第12回>

マンション内の人的トラブル(名誉毀損?)

2013/2/26

今回は、マンション内の人的トラブルの一例として「名誉毀損」を巡るトラブルを考えてみましょう。

多様な価値観が交錯するマンション管理組合の運営の場において、例えば、ある(管理組合の)配布文書の記載が、ある区分所有者の名誉を毀損しているとしてトラブルになることがあります。

@名誉毀損に当たるのか、A違法性があるのか、B故意または過失があるのか、という点を巡っては、加害者とされる方と被害者とされる方との間で見解が激しく対立します。そのため、名誉毀損を巡るトラブルは、裁判(民事訴訟)に持ち込まれることが少なくありません。

今回は、名誉を毀損されたと主張する方が原告となって、加害者とされる方を被告とし、名誉毀損に基づく損害賠償請求訴訟を提起した、というケースを想定して検討してみましょう[注1]。

名誉毀損性について

まず、名誉毀損に基づく損害賠償請求権が発生するためには、被告(加害者とされる人)が、原告(被害者とされる人)の社会的評価を低下させるような行為をしたことが前提となります。

そして、配布文書の内容が人の社会的評価を低下させるか否かについては、その配布を受けた一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものであり、また、配布文書によって摘示された事実がどのようなものであるかという点についても、その配布を受けた一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断するのが相当である(最高裁昭和29年(オ)第634号同31年7月20日第二小法廷判決・民集10巻8号1059頁、最高裁平成14年(受)第846号同15年10月16日第一小法廷判決・民集57巻9号1075頁参照)とされています。

仮に、上記基準に従って判断した結果、配布文書によって摘示された事実が、原告の社会的評価を低下させるものと認められる場合には、名誉毀損性が肯定されることになります。

「違法性」ないし「故意または過失」について

上記基準に従えば、例えば、特定の区分所有者の管理費滞納の事実を摘示した場合、名誉毀損性が肯定されることもあります(東京地裁平成22年4月21日判決参照)。

ただし、仮に名誉毀損性が肯定される場合でも、「違法性」ないし「故意又は過失」が否定されると不法行為を構成しません。

最高裁平成16年7月15日第一小法廷判決は、この点について次のように判示しています。

<最高裁平成16年7月15日第一小法廷判決より>

 事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性がなく、仮に上記証明がないときにも、行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁、最高裁昭和56年(オ)第25号同58年10月20日第一小法廷判決・裁判集民事140号177頁参照)。一方、ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、上記意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、上記行為は違法性を欠くものというべきであり、仮に上記証明がないときにも、行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当な理由があれば、その故意又は過失は否定される(最高裁昭和60年(オ)第1274号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2252頁、前掲最高裁平成9年9月9日第三小法廷判決参照)。
 上記のとおり、問題とされている表現が、事実を摘示するものであるか、意見ないし論評の表明であるかによって、名誉毀損に係る不法行為責任の成否に関する要件が異なるため、当該表現がいずれの範ちゅうに属するかを判別することが必要となるが、当該表現が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を明示的又は黙示的に主張するものと理解されるときは、当該表現は、上記特定の事項についての事実を摘示するものと解するのが相当である(前掲最高裁平成9年9月9日第三小法廷判決参照)。そして、上記のような証拠等による証明になじまない物事の価値、善悪、優劣についての批評や論議などは、意見ないし論評の表明に属するというべきである。

上記基準に従えば、例えば、管理組合として法的措置を検討すべく特定の区分所有者の管理費滞納の事実を摘示することは、通常、公益を図る目的があり且つ摘示された事実は真実ですから、不法行為を構成することはないでしょう。

さいごに(注意点)

よく、「マンションの掲示板に、管理費滞納者の氏名や滞納事実を掲示すれば、滞納者も恥ずかしいと感じ、滞納金を支払ってくるのではないか?」という話をされる方がいます。

たしかに、東京地裁平成11年12月24日判決[注2]の事案では、「立看板の設置行為は・・・不法行為にはならないものと解するのが相当である」と判断されています。

しかし、単に滞納者を辱めて、滞納者からの任意弁済を図ろうとすることは、通常、公益目的が存在するとは認められないでしょう。そうすると不法行為を構成することになるでしょう。

一つの裁判例の結論があらゆるケースで妥当すると考えるのは、早計に過ぎますので注意しましょう。

(弁護士/平松英樹)



バナースペース

注釈 NOTE

注1: 民法709条、710条、723条については、次の条文を参照
 (不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
 (財産以外の損害の賠償)
第七百十条 他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。
 (名誉毀損における原状回復)
第七百二十三条 他人の名誉を毀損した者に対しては、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えて、又は損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる。

注2: 東京地裁平成11年12月24日判決より(抜粋)
 そこで、本件立看板の設置が原告●●らの名誉を害する不法行為になるか否かについて検討する。
 まず、本件立看板の文言及びその記載内容は、右2(二)によれば、単に原告●●らが管理費を滞納している事実及びその滞納期間等を摘示したもので、右2(四)のとおり、原告●●らには管理費の支払義務があるので、その内容は虚偽ではない。次に、●●町会は、右2(二)によれば、総会における会員の発議により、総会の決議に基づき役員会の決議を経た上で会則の適用を決定し、その後、滞納金額等を公表すること及び管理費納入の意思があれば公表を控える旨を原告●●らに通知し、本件立看板設置前に一応の手段を講じている。そして、右2(一)及び(三)によれば、原告●●らの「●●を明るくする会」が●●町会を批判してそのメンバーが管理費を滞納していること及び本件立看板は三四か所にもわたって設置され、本件別荘地に住民以外の者も出入りできるため、住民以外の者も原告●●らが管理費を滞納している事実を容易に知り得る状態にあったという事情はあるが、●●町会としては、管理費を支払っている会員との間の公平を図るべく、原告●●らにつきサービスが停止されたことを関係者(来訪者など)に知らせ、ゴミステーションの利用等●●町会が提供するサービスを利用させないようにするために、本件立看板を、特にその大半をゴミステーション付近に設置したものであり、公表という措置そのものがもつ制裁的効果はあるとしても、ことさら不当な目的をもって設置したものとまではいえない。また、本件立看板が一年以上設置されたのは、原告●●らが依然として管理費を支払おうとしないためであり、●●町会は、管理費を一部でも支払えば氏名を削除するという対応をとっていたものである。
 このように、本件立看板の設置に至るまでの経緯、その文言、内容、設置状況、設置の動機、目的、設置する際に採られた手続等に照らすと、本件立看板の設置行為は、管理費未納会員に対する措置としてやや穏当さを欠くきらいがないではないが、本件別荘地の管理のために必要な管理費の支払を長期間怠る原告●●らに対し、会則を適用してサービスの提供を中止する旨伝え、ひいては管理費の支払を促す正当な管理行為の範囲を著しく逸脱したものとはいえず、原告●●らの名誉を害する不法行為にはならないものと解するのが相当である。

筆者紹介 PROFILE

平松英樹(ひらまつ・ひでき)

弁護士、マンション管理士。1968年(昭和43年)生まれ、1991年(平成3年)年早稲田大学政治経済学部卒業。不動産管理会社勤務を経て弁護士登録(東京弁護士会)。EMG総合法律事務所(東京都中央区京橋1丁目14番5号土屋ビル4階)、首都圏マンション管理士会などに所属。マンション管理、不動産取引・賃貸借(借地借家)問題を中心とした不動産法務を専門とし、マンション管理、不動産販売・賃貸管理、建築請負会社等の顧問先に対するリーガルサービスに定評がある。実務担当者を対象とする講演、執筆等の実績多数。著書に『わかりやすいマンション管理組合・管理会社のためのマンション標準管理規約改正の概要とポイント』(住宅新報社)ほか。